市松人形の立ち台

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市松人形の立ち台も様々ですね。

昭和初期の物には 円形の二重型だったり、畳敷きのものや金属製の5角形だったりと豪華な物まで目にします。
時々古い市松さんの着せ替えの依頼を頂きますが 長い年月のうちに 前のめりに立っていたり、ずるずると下にさかってしまっていたりと ”シャン”と 立たなくなっている市松さんも多く見かけます。

基本的には台座から縦に棒が立っていて それに裸の市松さんを紐などでくくり、衣裳を着付けています。まれに大きな人形になると金属棒にフックが出ていて帯に挟み込むような豪華な作りもあります。
でもたいていはご覧の写真のように縦の棒がスーとたっている物が多いように思います。

写真をよく見て頂くと・・縦棒の中央あたりに”菜ばしの切れ端”のような出っ張りが見えませんか。・・・・・実はこれが大切で、この出っ張りに市松さんが跨ることで 前のめりになったり、ずれ下がったりしなくなります。

しっかり立たないと悩んでいる方は、股下を計って位置を決め、菜ばしや・竹の割り箸などを利用してこれを取り付けてみてはいかがでしょうか。  
ただ、取り付ける丸棒の太さの穴を開けなければなりませんので、ドリルと径の合ったスクリュウが必要になります。 怪我に気を付けてください。

又、古い台ですと縦棒の木が痩せて ぐらぐらしている場合が多いので、一旦はずして木工ボンドでしっかり垂直にはめ込み直すことをお勧めします。
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座り台

by meiko-doll | 2008-06-27 22:57 | 修理・修復

市松人形師 【江田光洋】 エダ コウヨウ

今年3月銀座松屋での個展で、15号市松人形の修理と衣裳着せ替えの依頼を受けた折り、お客様と共に古い衣裳を脱がしたところ 【光洋作】と記された胴紙が目に飛び込んできました。
そして 「どの様な人形師か?」とのご質問から 調べが始まりました・・・・・。
仕事の合間をみて、先輩や人形研究の学芸員さんにリサーチしたところ紐解けました。
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これから衣裳の着替えと 手の傷や髪を整えます。
【光洋作】の胴紙・・・昔も現在も、裸にするとこの胴紙に作者の名前が記されています。
戦前・戦後少しまでは、一部有名人形問屋さんや小売人形店の名前を記した胴紙に差し替える場合も有りました。













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解いた帯の芯に当時の新聞が使われていて、製作時期がほぼ特定できます。
(朝日新聞 昭和17年11月2日)
昭和16年12月8日。日本は米・英に宣戦布告しました




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優しい表情のお顔ですね。

熟練した技術と腕の良さが見て取れます。



















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明治後期ごろの時代縮緬を使い衣裳の着せ替えを済ませました。

表情が変わってはいけないのでお顔には手を加えませんでしたが、治療した手を取り付け髪をとかし、衣裳を着せ替えましたら、 生き生きとした表情になった気がしました














さて、この子の産みの親「光洋さん」のリサーチ結果です。
大先輩の市松人形師 林 陽辰さん(92歳)より話をうかがえました・・・・・。
* 江田 光洋 (エダ コウヨウ)
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* 生まれ:大正一桁 生まれ
* 居住地:(現在の)東京墨田区吾妻橋3丁目あたり
* 師匠 :菅 義悦(本名・悦三)
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<<林陽辰さんのお話では>>

・ 光洋氏はあんたの家の近所に居たんだよ。

・ あんたのお父さん(初代・藤村紫雲)と年代も近く仲良しで 私より少しお兄さんだった。

・ 独立前に師匠の 菅 義悦さんが病死し その後 独立した。

・ あんたのお父さん達と共に5・6人で芸術的な勉強もしようと先生を招いて聞き取り勉強やデッサンの勉強もしていて、私も(林さん)時々誘ってもらった。

・ 私の出征の時にはそのグループの皆が 日の丸に寄せ書きをしてくれた。

・ 終戦して私が戦地から帰還してから知ったが、私の後に召集され、南方で戦死したことを知った。

・ 腕のいい人形師だった。・・・とても残念だね。
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以上のような話が聞けました。
我が下町には多くの様々な手仕事職人が今尚 暮らしています。当時、戦況が厳しくなるにつれ贅沢品の製造禁止や材料調達が困難になり作りたくても作れない状況となり、そして たくさんの人々が戦争の犠牲となりました。
多くの職人先輩諸氏もその中にあったのだと思います。
幸い、大正元年生まれの我が父 初代紫雲は無事戦地より帰還し私があるわけですが、平和こそ文化を育むのだとつくづく思います。

by meiko-doll | 2008-06-18 22:22 | 修理・修復

藤村光環 略歴

藤村 光環 (明光)  抱き人形
KOKAN FUJIMURA


1953年 東京 本所生まれ
      人形師 光龍斎 滝沢豊太郎氏の流れをくむ父 初代藤村紫雲に
      16歳にて師事。
1980年 第一次、1982年第二次東京都伝統工芸訪中団として訪中。
1983年 *米国 シアトル・シカゴにて製作実演。 シアトル市より名誉市民授与
*銀座松屋 初個展開催。(以後恒例)
1985年 *東京アメリカンクラブ個展。*札幌東急美術サロン個展。
1987年 *あかね書房【人形作り】出版。*吉祥寺東急 個展。
1988年 *ソ連ゴルバチョフ大統領に市松人形一対献上。 *ウイ‐ン モーツアルト                    
       合唱団に市松人形献上。
1989年 池袋西武 三人展
1990年 *パリ装飾美術館に創作人形・市松人形 永久保存。*パリ シラク市長に市   
       松人形献上。*パリ市・トゥールーズ市にて日本大使館主催による作品展
 *ニューヨーク市・フォートリー市にて製作実演。(感謝状授与)
1991年 *パリ装飾美術館【世界の人形展】出品。 *池袋西武【市松人形名匠展】
1993年 *名古屋名鉄アートサロン個展。(以後恒例)
1994年 ニューヨーク ソーホー CAST IRON GALLERY 三人展。
1996年 札幌丸井今井 美術画廊 二人展(以後恒例)
1997年 銀座松屋 画廊 個展 (以後恒例)
2000年 *東京都墨田区登録無形文化財保持者認定
     *札幌コンチネンタルギャラリー グループ展
2001年金沢名鉄 画廊 個展・
2002年*東京都知事賞・優秀技能賞 受賞
*名古屋ノリタケギャラリー 作品展
    *イタリア チェルタルド 7人展
2003年*名古屋ノリタケギャラリー個展 *上方「銀河ギャラリー 個展
2004年 *札幌石の蔵ギャラリー 個展(以後恒例) 
*「人形微笑」展 参加
2008年 大阪 ギャラリー御堂筋 個展(以後恒例)
2009年 博多 ギャラリーおいし個展(以後恒例)
2010年 印号【明光】を【光環】に改名

by meiko-doll | 2008-06-12 09:00 | 光環略歴

始めました

東京下町。葛飾北斎や勝海舟の生地と新東京タワー(東京スカイツリー)の町、墨田区本所で、市松人形製作を代々続けています。
なれないパソコンに向き合いながら、人形作りの日常と町や友人との日々を、思いのままに書いてみたいと思い立ちました。
お見苦しいかも知れませんが 一笑していただければ幸いです


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by meiko-doll | 2008-06-12 08:21 | お知らせ